街頭の占い師(ショートストーリー)

最近嫌なこと続きだ。
仕事も恋も友人関係も、すべてが潮時というやつか。
職場では毎日怒られているし、怒られるだけの事をしている自覚もある。
仕事に自信を持てないせいか卑屈になってしまい、私生活の人間関係もうまくいかない。
私生活がうまくいかず仕事への意欲もわかない。
負のループだ。
しかしそれらから手をひいたところで私に何が残ると言うのだろうか。
私には特別なスキルもないし、この歳で私生活の人間関係をゼロから構築することを考えるとあまりの労力にゾッとする。
そんなことを考え、ヤケになって酒を飲んだ帰りにそいつはいた。
「もし、そこの人。随分と暗い顔をしているね」
水戸黄門のようなナリのじいさんだった。
汚い布をかけた机に肘を置き、こちらを見ていた。
机の脇に手書きで「手相占い」と書いてある。
街頭に店を構えて占いをしているらしい。
「私も商売でやってるからね。普段はお金貰うんだけど、ずいぶん暗い顔をしていて心配になってしまって。どうだい?ただで見てあげるから占ってみないかい?」
私は普段は占いなど信じていないのだが、こうも何もかもうまくいかないとなんでもいいから縋りたくなる。
まあただなら…と思い見てもらうことにした。
「ああ、なるほど。あなたの悩みはよくわかりますよ。全部うまくいかないんですね。何もかもが」
確かに全部うまくいかないのだが、いささか乱暴ではないか。その診断は。
「それにしても、これは…」
「あなたのこの手。長年フランスパンをなで続けて来た手だ。そうでしょう?」
一体何をいいだすのだ、このじいさんは。
しかしこのフリからどんなアドバイスが貰えるのか気になる。
「あなたね、これは本当にそうだから聞いて欲しいんだけど…」
「フランスパンなで続けるのやめた方がいいですよ。フランスパンかたいから。手、荒れちゃうから。」
それきりじいさんは黙ってしまった。
私は礼も言わず立ち去った。
礼を言う理由が一個もない。
仕事も人間関係もうまく行かない上に、よくわからん占い師のじいさんの妄言に付き合わされて疲労感が増しただけだった。
しかし1つ気になることがある。
なぜあのじいさんは、私がフランスパンをなで続けている事を言い当てられたのだろうか。
確かに手も荒れているしなでていて痛いのだが、これが唯一のストレス発散なのだ。
後日私は再三上司が注意し続けたのにもかかわらず、仕事中フランスパンをなでるのをやめなかった事が悪質とみなされて解雇された。

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