グレゴール・ザムザ気取りおじさんと私

これはつい先週の話。
その日、私は仕事で理不尽なことがあり、やさぐれながら帰路についていた。



こういう時は飲みながら帰るに限る。家に着く頃にはちょうどよく酔っているように…

飲みながら住宅街を歩いていたら、公園の側に差し掛かった。

「おい、お嬢ちゃん」
「ちょっと、ちょっとお嬢ちゃん」
誰かが何か話してるな…
(おい、お嬢ちゃん…)


…何…?直接脳内に…


「無視は酷いよ、お嬢ちゃん」
どうやら私に話しかけていたようだ。
ひたすら不審だ。普段なら走って逃げるところだが、なぜかこの日は答えてしまった。

「いえ、無視したわけじゃなくて…私はどう頑張っても『お嬢ちゃん』という年齢ではないので…」



「そうか。俺は人と目を合わすことができないからな。そっちを見て話しかけたんじゃないんだ。すまなかったなおねえちゃん」
「…」
「誰も俺の話を聞いてくれないんだ。本当に聞いてくれるだけでいいんだ。聞いてくれないか?」


…不思議と動くことができない…

「おねえちゃんはグレゴール·ザムザって知ってるか?」
「朝起きたら虫になってた小説のやつですか?読んだことはないけど設定はなんとなく知ってます。」
「俺も読んだことはないし起きたら虫になってた部分しか知らない」
(お前も知らないのかよ)
「で、その冒頭の事を考えているうちに、思ったんだ。」


「例えば俺が起きた時…突かれる寸前のところてんになったとしたら…?」

(何を言っているのか全然わからん…)
「何を言っているのか全然わからん…と思っただろう?俺はさっきみたいに脳内に直接語りかけることができる。さらに脳内にMicrosoft Office PowerPointのスライドも表示することができる」









「そういう事を考えたんだ」

(本当に何を言っているんだ?)
「今、本当に何を言っているんだ?と思っただろう。だが俺の考えはまだ終わらん」



「さらに考えたんだ。例えば俺が目を覚ました時、スプレーに入っている液体になったとしたら?」
(またスライドが出るのか?)




「そういう事を考えたんだ、俺は…でも誰もまともに聞いちゃくれなかった」


(だろうな…)
「ところでおねえちゃんはどう思う?もし目が覚めたら液体になっていて、スプレーで吹かれたら自我は分かれると思うか?」
私(こんな妄言にまともに付き合ったらおしまいだぞ…)
「答えないと帰れないとしたらどうだ?答えるか?」


「…………」
「…分かれないと思う。スプレーの仕組みは基本的に内部の液体を均一に噴射するものだから自我の構成成分の割合は変わらないまま噴射されると思う…」


「なるほど、おねえちゃんはそっち派か…。いかにも若いやつが考えることだ。おねえちゃん、いくつだ?」
32です」

「えっ…?タメじゃん…?
(急に口調が変わったな)
「そうか、まあいいや。とりあえず、本当に俺の話なんか誰も聞いてくれなかったんだ。聞いてくれてありがとうな。」





(えっ?消える…!?)




「消えてない…?」



「最後に一つ、もしかして同い年なら通じるんじゃないかと思ったんだ…」

「聞いてくれてありがとう…アロ○リーナ…





な…………






懐かしい…………


<終わり>

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